明治日本の産業革命遺産
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PEOPLE

2020.07.03
Vol.40

韮山反射炉とともに「刻」をきざむ~物産館&レストラン事業で"反射炉観光"の魅力度アップ~

稲村 浩宣   氏

株式会社蔵屋鳴沢 代表取締役社長

一般社団法人伊豆の国市観光協会会長

稲村 浩宣 氏
プロフィール

1960年5月生まれ

1979年3月 静岡県立韮山高校卒業

1983年3月 横浜市立大学商学部卒業

1983年4月 家業の合資会社鳴沢屋に入社

1995年9月 同社代表社員に就任

1996年7月 株式会社蔵屋鳴沢設立、代表取締役に就任、

現在に至る

1999年   中伊豆青年会議所理事長

2001~02年 韮山町観光協会会長 

2019年   一般社団法人伊豆の国市観光協会会長に就任、

現在に至る

反射炉とともに「刻」をきざむ--。「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の1つである韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)の隣接地で物産店・レストランを運営する蔵屋鳴沢が掲げるキャッチコピーだ。ルーツは江戸期に創業した造り酒屋。歴史の荒波に翻弄されながらも、地域の人々共に代々に渡って、世間から忘れ去られ、打ち捨てられかかった韮山反射炉を守り抜き、先人たちの偉業を今日まで伝えてきた。3代目社長の稲村浩宣さんに、百有余年の蔵屋鳴沢の歩みと現在の事業概要を聞いた。そこには「明治日本の産業革命遺産」を地域づくりと観光振興に活かすための様々なヒントが溢れている。

■ルーツは“反射炉の湧き水”を使った造り酒屋

--はじめに、現在の蔵屋鳴沢の主な事業内容をご紹介ください。

稲村:弊社は大正年間に韮山反射炉の入り口前で茶店を開き、観光客にお茶を出したり、お土産物を売ったりする事業を始めました。現在は、反射炉やガイダンスセンターの隣接地で『反射炉物産館たんなん』と『反射炉ビヤレストランほむら』を営業しています。物産館では自社工場で製造した独自ブランドの製茶『伊豆韮山反射炉・茶の庵(いおり)』をはじめ、反射炉にちなんで開発された地元の物産品など、いろいろな観光土産物を販売しています。一方のレストランでは無煙ロースターを使用した網焼き料理や自社醸造したクラフトビール『反射炉ビヤ』を提供しています。製茶やクラフトビールは自社サイトでも直販しています。

「反射炉物産館たんなん」の売り場(写真提供:蔵屋鳴沢)

②物産館 - コピー.JPG

--御社のルーツは江戸時代に始まった造り酒屋とうかがいました。浩宣社長は数えて何代目になられるのでしょう? 

稲村:観光業を始めたのは祖父・友作(ともさく)でして、そこから数えて父・宣(とおる)が2代目、私が3代目になります。造り酒屋の時代から数えると、私で6代目です。

--そもそも韮山で造り酒屋を始めたのはどういう理由だったのですか?今日に伝わる由来などがあれば、教えてください。

稲村:伊豆は名水の地として知られていますが、韮山にも良質な湧き水があり、それを活かして酒造りを始めたようです。当家で酒造りに使っていた水は、反射炉のすぐ近くで出ていた湧き水でした。当時、醸造所は1㎞ほど離れたところにあったのですが、そこまで馬で運んでいたそうです。要するに、反射炉の近くに水くみ場があったんですね。そんなこともあり、明治になって反射炉が明治政府から払い下げられた時に、周辺の土地を買い求めたことが現在の土台になっていると聞いています。

--つまり、昔から反射炉はお隣さんだった(笑)。その後、大正年間になってから、茶店の経営、つまり観光業に業態転換したということですね。

稲村:実は、その間に大きな危機があったんです。明治に入って産業革命が起こり、近代繊維産業が勃興すると、韮山にもいくつかの生糸(きいと)工場ができました。当家も酒造りがそこそこ繁盛していたので、明治26(1893)年、友作の祖父である稲村友一郎が鳴滝製糸所を設立、製糸業に参入しました。しかし、十数年後に生糸相場が暴落し、生糸だけでなく本業の酒造業まで傾き、あえなく倒産してしまいました。

 そのため、祖父・友作がまだ小学生だった頃、一時期、東京に移り住むことになったようです。祖父は九段の靖国神社の近くにあった小学校に通ったのですが、当時、靖国神社の境内には韮山反射炉でつくった鉄で鋳造した大砲が1門展示してあり、祖父はよくその大砲にまたがって遊んだそうです。これは生前、祖父から直接聞いた話ですが、母もよくそうした話を聞かされたそうです。

--へぇー、やはり何か縁というものがあったんですね。そんな不遇の時代を経て、見事に再起を果たされた。

稲村:事業は失敗したものの、幸い、韮山反射炉の横の土地は残っていたので、その後、農業をやりながら反射炉の前に茶店を開きました。つまり、観光業は兼業農家の形で始めたものでした。茶店では来訪した観光客相手に反射炉を案内する、今日で言うボランティアガイドのようなことをやりながら、ジュースやラムネを川で冷やして出したり、お菓子やお土産物を売ったりという商売をやっていました。当時は管理者である村役場から反射炉の門の鍵を預かって、管理人の役目を担っていたとのことです。

--なるほどね。でも、韮山反射炉といっても、当時はよほどの歴史ファンとか、限られた好事家にしか知られていない存在だったのでは……。

稲村:お客さんはあまり多くはなかったと思います。1857年から鉄の鋳造を始めた韮山反射炉は1864年に閉鎖され、1868年に幕府直営から江川家の私営となりました。その後、世間からは忘れ去られ、風化が進むことになったのですが、明治41(1908)年に当時の韮山村の有志が反射炉敷地を買い、陸軍省に献納しました。陸軍省所管となったことで修復工事が行われ、翌1909年に落成。これ以降、「韮山反射炉保勝会」が維持・保存を行うこととなりました。そして昭和28(1953)年から見学が有料化されました。これが現在につながる保存活動の歴史です。当家もその一端を担わせていただいた、ということだと思います。

韮山反射炉と富士山と蔵屋鳴沢物産館&レストラン(右)(画像提供:蔵屋鳴沢)

① 韮山反射炉と富士山 - コピー.JPG

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Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ

「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事

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