韮山反射炉とともに後世に伝えたい「850年の歴史資料」 ~待望の新・収蔵庫が完成、保存・修復・活用に弾み
プロフィール
1970年米国ヒューストン市生まれ。一級建築士。
2009年財団法人江川文庫代表理事に就任。
2012年より公益財団法人となり現在に至る。
江川洋氏は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の1つである韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)を建造した江川太郎左衛門英龍(36代当主、1801~55)から数えて6代目に当たる江川家第42代当主で、7万点を超える貴重な歴史資料類を収蔵・管理する公益財団法人・江川文庫の代表理事を務める。幕末の動乱期に未来を見据えて、技術革新と新たな国づくりに果敢に挑んだ先人たちの思いとそのレガシーを私たちはどのように保存・継承し、次代に伝えていくか。加藤康子・産業遺産国民会議専務理事と熱く語り合った。
■今も韮山の地に根付く「金谷十三人衆」の誇りと結束力
加藤:江川家が代々、伊豆地方を治める代官の家系であることは承知しているのですが、そもそも江川家のルーツはどういったお家柄なのでしょうか?
江川:もともとは大和の国、今の奈良県五條市で栄えていた一族でして、ルーツは清和源氏に連なる家系と聞いています。ただ、今から約850年前の保元の乱(1156年)で敗れて十三人の家臣とともに伊豆に流れ落ち、以来この地に定着し、徳川時代にはずっと代官を務めることになったということです。
加藤:大変なお家柄ですよね。韮山に来られたのは何代目の方ですか?
江川:9代目の時です。平安末期、源頼朝が伊豆に流されたのとほぼ同時期だったのではないかと思われます。
加藤:それから第42代のご当主である洋さんまで、ずっと韮山の地で江川邸を守り継いできた、ということになるわけですね。
江川:そうですね。私の曾祖父、ひいおじいさんの時に東京に移りまして、その後は東京で暮らしながら韮山の江川邸を管理する形になりました。私の曾祖父というのは[1] 韮山反射炉の事業を英龍から引き継いだ37代目の英敏の弟なんです。英敏は16歳で家督を継いだのですが、24歳で早世してしまいます。そのため、弟がわずか10歳で次の当主になったんです。ですから、東京に移ったのは明治の半ばか、末頃だったと思います。ただ、一族にゆかりのある人たちの多くは今も韮山にいますから、行事があるたびに韮山の江川邸に出向いく。私も子供の頃からそんな暮らしを続けてきました。
加藤:ご当主が留守の時は手代というか、留守居役のような方がいらっしゃったんでしょうね。名家には必ずそういう方がいらっしゃいますよね。例えば、薩摩の島津家にも代々お仕えになってきた方々がいらして、今も尚古集成館の事業や活動を支えていらっしゃいます。
江川:確かに850年前に一緒に伊豆に流れてきた「金谷十三人衆」の子孫の方々が今も江川文庫にお力を貸してくださっているということはあります。もちろん、それ以外にたくさんの優秀な人材がいますけれども。
加藤:850年前まで代々遡れるということは実に素晴らしいことですね。蘭書片手に書物だけの情報で韮山反射炉の建造に挑戦した英龍に代表されるように、江川家にはきっと最先端の科学に挑戦するような気風がおありになるように思われるのですが、洋さんも子供の頃から例えばお父上にご先祖のお話を聞かされたとか、そんな体験がおありになったんじゃないのかと……。
江川:いやぁ、お恥ずかしい話なんですが、子供の頃は先祖の偉大さをあまり実感したことがなくて(笑)。知名度の点でも確かに地元の韮山では有名なんですが、よそではあまり聞くこともないし、子供の頃はずっと「韮山だけでしか知られていない人物なのかな」と思っていました。私の父も先祖の功績をぺらぺらと口にするようなことを好まなかったものですから、江川家の家訓であるとか、そうした話を聞くこともあまりなかったんです。ただ、行事などで江川邸に行く度に江川家の一員なんだという自覚を自然に持つようになったんだろうと思います。
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