明治日本の産業革命遺産
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PEOPLE

2024.12.17
Vol.58

世界遺産を守っていくために必要なのは本質的なことを見落とさない視点

田中 洋一

一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館理事長

前、長崎市世界遺産推進室室長

田中 洋一
プロフィール

昭和60年4月 長崎市役所入庁

平成22年4月 長崎市世界遺産推進室室長

平成29年4月 長崎市政策監(世界遺産担当)

平成31年4月 長崎市商工部長

令和 4年3月 退職

令和 4年5月  一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館理事長

教会群が先か、産業遺産群が先か・・・・。

加藤 田中さんは、長年にわたり長崎市世界遺産室室長を務められ、明治産業革命遺産が世界遺産登録されるまでの道のりの中で大変お世話になった方の一人です。改めて「ありがとうございました」と御礼を申し上げます。

田中 光栄です。登録されたのは2015年ですから、もう10年近くになるのですね。そこに至るまでの道のりは長く、険しいものだったと思います。

加藤 長崎エリアには、早い段階から「第三船渠」「旧木型場」「ジャイアント・カンチレバークレーン」「占勝閣」「小菅修船場跡」「高島炭坑」「端島炭坑」「旧グラバー住宅」という8つの構成遺産候補があり、田上市長(当時)をはじめとする長崎の関係者の方々のご尽力を賜りました。大変な局面を乗り越えて頂いたと思います。

田中 長崎市の場合は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産(後に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と改名)と「明治日本の産業革命遺産」という二つの世界遺産候補が浮上しました。ところが一度に二つの遺産を登録することはできないという規定があるため、どちらを優先するかという悩ましい問題に直面しました。個人的にはその頃のことが印象に残っています。

加藤 教会群は、私どものプロジェクトが起動する前から、すでに暫定一覧表に記載されていたと聞いています。ですから当初は、産業遺産の世界遺産登録について話を進めるということに対して県も市議会も全体一致で反対でした。

田中 長崎から二つの世界遺産が生まれるのは喜ばしいことだと、それも全体の一致した意見だったのです。ただ教会群の登録に関して市民の皆様の間で支援の輪が広がっていました。そこへ産業遺産群の世界遺産登録の提案が浮上し、戸惑いの声が上がったことを受けて、県と市は教会群を優先したいという意向を示したのだと認識しています。

加藤 私どもとしましては、それでも歩みを止めてはいけないと考えて、長崎県から待ったがかかっているのにもかかわらず、長崎の構成資産を何にするかを決めていくというギリギリの体制でプロジェクトを進めていました。長崎の産業遺産に関する構成資産はそのすべてが長崎市に所在していますので、県がダメでも長崎市の後押しを得ることができれば希望があると考えていたのです。それが駄目なら更なる手段に出るしかないと。

田中 三菱重工さんの合意を得るということですよね。

加藤 CMP(Consent Management Platform)の新しい考え方では、所有者から合意が取れれば、地元の行政から了解を得ることができなくても登録できるということになりました。そこで三菱重工さんに打診を重ね、直で登録するための流れを整えて合意を得ることができたのです。その時に私が田中さんに連絡をして、「どうしますか?」と持ちかけたことを覚えておられますか?

田中 さっそく海外出張中だった市長に連絡をとったことをよく覚えています。もとより長崎市としては、産業遺産を世界遺産登録しないという考えはなかったので、教会群と産業遺産群のどちらが先に浮上したのかではなく、より準備が整っているほうを優先しようということで、産業遺産群を先にするという結論に至ったのだろうと、私は理解しました。

加藤 おかげさまで明治日本の産業革命遺産は2013年に推薦が決まり、世界遺産登録を果たすことができました。とはいえ、当時、長崎市世界遺産室室長であられた田中さんは、教会群と産業遺産群の板挟みになってしまい、さぞかしご苦労なさったことだろうと思います。無茶ぶりをされて、やけ酒気分の時もあったのではありませんか?

田中 大変でなかったと言えば嘘になります(笑)。でも調整を図ることが自分のミッションでしたので、その時の議論に沿って我々のできることを淡々とこなそうと捉えていました。

加藤 田中さんのお立場から市民の皆さんにはどのようにアプローチをしていかれたのでしょうか?

田中 産業遺産とは何か? ということをお伝えすることから始め、日に日に風化していく資産群は早い段階で世界遺産に登録する必要があるということについてご理解いただくよう務めました。簡単なことではありませんでしたが、結果的に教会群に関わる方々が世界遺産登録を長い目でみつめようと考えを切り替えてくださり、その寛容さに救われたところが大きいのです。そこから、まずは産業遺産の世界遺産登録に向けて頑張り、続いて教会群の世界遺産登録に向けて全力投球しようと優先順位を明確にすることができました。産業遺産での経験を教会群の折に活かすことができたのも事実です。

加藤 2018年に教会群も世界遺産登録されましたね。

田中 長崎は2つの世界遺産を持ち、24箇所もの構成資産に恵まれた場所として広く知られることとなりました。何よりも住民の方々から「長崎が誇らしい」といったお言葉が数多く寄せられたことが嬉しかったです。個人的にも歴史的な出来事に関わるという得難い体験ができたことに感謝しています。

(写真2-28)占勝閣.jpg

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Vol.58
世界遺産を守っていくために必要なのは本質的なことを見落とさない視点

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ダンカン・マーシャル(Duncan Marshall)氏
Vol.17
ジャイアント・カンチレバークレーンと小菅修船場跡の3Dデジタル・ドキュメンテーション

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Vol.16
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Vol.15
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リン・ウィルソン博士
Vol.14
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ニール・コソン卿
Vol.12
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慶應義塾大学 名誉教授

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Vol.11
「ものづくりの街・北九州」への愛着と誇り--"シビック・プライド"を呼び起こしてくれた世界文化遺産登録

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北橋 健治 氏
Vol.10
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2015年6月28日から7月8日まで、ドイツ・ボンにて第 39 回世界遺産委員会が開催され、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決定しました。

今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。

<世界遺産登録の舞台裏>
Vol.9
使いながら保存する-「稼働遺産」の保存・活用に新たな道を拓く

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(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)

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Vol.8
港湾法の体系で、世界遺産の保全を担保する

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Vol.7
近代化を切り拓いた長州ファイブと試行錯誤の痕跡を残す萩の資産

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Vol.6
日本の「ものづくり」「産業」の原点を伝える「明治日本の産業革命遺産」

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Vol.5
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古賀 道雄 氏
Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義

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前 内閣官房 内閣参事官

岩本 健吾 氏
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「鉄は釜石から八幡へ」 近代製鉄発祥の地から誇り高き文化を伝える

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Vol.2
強く豊かな国家を目指して 薩摩藩主島津斉彬が築いた『集成館』

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Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ

「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事

伊藤 祐一郎 氏