明治日本の産業革命遺産
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PEOPLE

2017.12.25
Vol.23
「遺産観光」の振興に向けたルート整備にいっそうの力を~忘れ難い故郷・呉への空襲と広島原爆の記憶~

一般財団法人産業遺産国民会議 代表理事

(公益財団法人資本市場振興財団 顧問)

保田 博 氏
保田 博 氏

■空襲で焼け残ったわが家の屋根に焼夷弾の不発弾が……


--ところで、保田さんは広島県呉市のご出身と伺っています。お父様は呉の海軍工廠の技官で、ご自身も幼少時代を呉で過ごされたそうですね。戦艦大和をはじめ、独自の高い技術力を培った呉の産業クラスターは本遺産群と同じように価値ある日本の財産だと考えますが、この保存・継承について、何かお考えはございますか?

 私は呉で生まれ育って、旧制中学1年の時に終戦を迎えました。父は海軍工廠で働いていましたし、母は江田島から嫁いできていたんですよ。確かに呉は海軍と共に発展した町であり、戦艦大和やさまざまな海軍の艦船、兵器などを開発・建造してきた呉の技術力、人材・技術・ノウハウの蓄積は相当なレベルだったと思います。戦後、海軍工廠は解体され、いろいろな工場や設備も地元の中小企業などに払い下げられたりしました。私の父も職を失い、一時は尾道の製塩業に従事するなど、町工場を転々として苦労をしました。

 それでも、呉の産業集積は現在まで連綿として継承されています。大和を造ったドック(船渠)など、今でも現役で稼働している施設も数多く残っています。とはいえ、地場産業としてみた場合、造船業、製鉄業といった呉の製造業が長期低落傾向にあることは否めません。私もふるさとの誇るべき産業の再生を強く願っていますが、そう簡単なことではありません。今年(2017年)11月の呉市長選で当選された新原芳明(しんはら・よしあけ)新市長は大蔵省の後輩なのですが、私も同郷の一員として、往時の勢いが少しでも戻ってくるように“ふるさと創生”に協力できることはないか、いろいろと考えているところです。

--呉と言えば、クラウドファンディングによって制作資金を集めたことで話題になった秀作ヒューマンアニメ『この世界の片隅に』が大ヒットし、戦争を全く知らない若い世代にもその名が知られるようになりました。保田さんご自身が体験された当時のエピソードなどがありましたら、是非お聞かせください。

あの映画でも描かれた呉への空襲は、昭和19(1944)年頃から激しくなりました。当初は軍港に停泊している艦船や兵器廠など海軍関係の施設が標的でしたが、呉市民にとって悲惨だったのは、終戦のひと月ほど前の昭和20年7月1日夜の空襲でした。B-29から雨あられと降り注ぐ焼夷弾によって呉市の中心市街地や住居地域は一夜にして焼け野原になってしまいました。

 私の家は市の中心部から少し離れたところにあったんですが、お隣の家の前まで延焼したものの、幸いにもわが家は焼けずにすみました。ですが、わが家の親子5人も九死に一生だったんです。この夜いったんは山の土手っ腹をくり抜いて作られていた防空壕に避難したのですが、父の判断で壕を出て山伝いに逃げたんです。「火が迫ってきたら酸欠で窒息死する」という判断、これが正解で私たちは助かったんです。あの防空壕に残った市民は全員、窒息死されました。無残ですね。

この空襲にはさらに後日談があります。終戦後の秋の台風シーズンにわが家の2階の部屋が雨漏りしたんです。不思議に思って私が2階の天井裏に入ってみたら、なんと焼夷弾が屋根に突き刺さっていた。不発弾だったんですね。もしこれが爆発していたら、わが家も焼け落ちていましたね。そんなことが強く記憶に残っています。

--『この世界の片隅に』で見た光景がオーバーラップしてくるようなお話で、聞いていた少し怖くなりました。あの映画の空襲の描写もアニメとは思えないほどの臨場感がありましたが、戦争の恐ろしさを実感できない世代にも聞いてほしいお話だと思います。

あの映画の原作は、私の後輩に当たる人が書いているんです。空襲の時はまだ幼かったはずですから、ご自身の記憶だけで書いたものではないでしょうけどね。

 8月6日の原爆のこともよく覚えています。あの日、私は朝から学校に行っていたんですが、空襲警報が鳴っても慣れっこなので防空壕の前に留まっていたんです。そうしたら、見たこともないような青白い閃光が一瞬、ピカッと光ったんです。それからすこし経った時、体育館の前に2枚ずつ山型に立てて干してあった畳が一斉に倒れたんですよ。私の通っていた学校の体育館が海軍の軍人さんの宿舎になっていて、夏場の湿気の多い時期でしたから、起床後にそうやって畳を天日干しにしていたんです。それが突然バタバタと倒れた。原爆の爆風だったんです、広島市と呉は30キロも離れているのに。それからしばらくしてキノコ雲です。何が何だかわからなかったが、これはただ事じゃないなと直感しましたね。どうやら新型爆弾だとわかってきたのは、そえから4、5日後のことでした。

 同級生の中にも、あの日たまたま広島に行っていて犠牲になった者もいます。決して忘れてはならない、そして繰り返してはならない惨禍です。

--「産業遺産」という観点で考えると、「明治日本の産業革命遺産」の他にも全国各地にはまだまだ継承すべき産業遺産があると改めて認識しました。そうした戦争の悲惨な記録や記憶と共に、大切に後世に伝えたい。保田さんのお話を伺って、そう思いました。本日はお忙しいところを有難うございました。

(インタビュー&執筆:高嶋健夫)

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