明治日本の産業革命遺産
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PEOPLE

2023.01.30
Vol.51
吉田松陰や幕末の志士たちの熱き想い、急速な産業化を通して日本を支えた優れた功績 ~ 松陰神社には明治維新に至る歴史をきちんと伝えていく使命がある

松陰神社 名誉宮司

上田 俊成
上田 俊成

モノづくりや進化を目指す日本人の情熱こそが世界に誇れるもの

加藤 「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産登録されたのは2015年ですが、それ以降、松陰神社を訪れる人が以前にも増して多くなったのではありませんか? 

上田 そうですね。実はあの年の1月から幕末を舞台にしたNHK大河ドラマ「花燃ゆ」が放映されていて、萩はロケ地でもあったのです。そこへ世界遺産登録が重なり観光客の数はおそらく過去最高だったのではないかと思います。

加藤 松陰神社内にある松陰先生の実家と塾舎をまとめて「松下村塾」として構成資産の一つとなっていますが、私は「宝物殿 至誠館」にも感動します。展示されている松陰先生の教えを見ますと、富国強兵をめざして殖産興業政策を打ち立てるなど、明治における日本が歩むべき方向性というものを明確にご教示されておられたことが手に取るように伝わってきます。それに村塾の小さなスペースで育まれた志士たちのダイナミックな志に触れると希望を感じてワクワクしてくるのです。幕末のエピソードを改めて勉強することができるという意味でも素晴らしい。

上田 「至誠館」は私が松陰神社に着任し、最初に手掛けた大仕事でした。神社には松陰先生の関連資料を保存していく責務がありますが、以前は古い蔵に収められていたのです。それでは管理状態が不十分だということで、私が着任する前からきちんとした収蔵庫を作ろうという話が持ち上がっていたところ、収蔵庫を作るくらいなら展示のできるところまでやろうという運びになりまして。着工するまで5年に渡り、設計管理者と展示の施工をする会社と建築会社と我々とで毎月会合を持って進めて行ったのです。もう一つ、松陰先生の自筆の書を中心とした資料は、県の重要文化財に指定されるべきものだという確信があり、そのためにはお蔵入りさせておくわけにはいかないという事情もありました。

加藤 実際に県の重要文化財に指定されたのですね?

上田 ええ。「至誠館」ができてしばらくした頃に県と相談をいたしまして、おおよそ3000点ほどの資料のうち、311点が県の指定文化財になりました。京都国立美術館が所有する坂本龍馬の自筆の巻物が平成11年に国の重要文化財に指定されたので、ゆくゆくは松陰先生の資料も国の重要文化財になるだろうという展望がありまして、このことに関する運動をはじめる予定です。

加藤 「至誠館」が作られたことにより、松陰先生の足跡が一般の人たちにも広く知られることになったというのは非常に喜ばしいことだと思います。さらに「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産登録されたことで、近代化という新たな視点を加えた日本の歴史を次世代へと継承することができたと感じています。

上田 まさしくその通りですね。ところで一つ伺いたいのですが、「産業革命」という言い方はどの段階で明確になったのですか?

加藤 ユネスコに提示をする時にタイトルについてはいろいろな議論がありまして。まず「九州・山口近代化遺産群」の「九州・山口」は取るべきだという意見が出ました。というのも、最終的に静岡県伊豆の国市や岩手県の釜石市を含む8県11市に分布する23の構成資産全体で一つの世界遺産しての価値を有するというところに落ち着いたものですから。それから、これはもっと大きな話だろうという意見もありました。鎖国した日本が大量生産型の産業システムを作るまでの話は世界史における大きな意義があったのだからと。それを表すには「産業革命」という言葉が適しているのではないかということになったのです。繊維工業もある中、重工業だけをもってして「産業革命」と捉えることに対して抵抗を示す方もいて、学者のみなさんの間では異論・反論もありましたが、産業革命であることに違いありません。

上田 世界史における大きな意義があるというお話が出ましたが、私は幕末から明治にかけてのスピード感に驚きます。日本人の信念の強さや勤勉さや行動力というものを一言で表せば「情熱」といえそうですが、このモノづくりや進化を目指す日本人の情熱こそが世界に誇れるものといっても過言ではないのではないでしょうか。

加藤 本当にそうですね。製鉄だけ見ても、釜石の橋の鉄鉱山で高炉法を用いて良質な鉄を大量生産するようになってから、わずか30年ほどでコークスを還元剤とした高炉の稼働に成功しています。ヨーロッパでは三世紀くらいかかっているんですよ。船にしても、一本マストの脆い和船だったところから、これまた30年ほどで国際規格の大型商船「常陸丸」を作りました。中でも私が最も凄いなと思うのは、絶海の孤島だった端島に電気が灯ったという事実です。高島に設置された発電施設から海底電線ケーブルで電力を供給するという技術が1900年に確立していたというのは信じがたい。1868年に開国して32年というスピードで近代化に成功した国というのは、世界中を見渡してもどこにもありません。日本だけだと思います。

松下村塾内部.jpg

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