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北九州市長

■「施設見学バスツアー」をスタート、周遊ルートの整備にも期待
--構成資産群の今後の活用策について伺います。せっかく世界遺産になった貴重な歴史遺産ですから、1人でも多くの人たちに見学してほしいとお考えだと拝察します。とはいえ、民間企業が所有する現役の稼働資産ですから安全対策上も、経営管理上も自由に出入りすることは難しい。この難題をどう解決するか。市の取り組みをお聞かせください。
冒頭でご紹介したように、昨年4月に無料の「官営八幡製鐵所旧本事務所眺望スペース」を開設し、これまでは目にすることができなかった往時の本事務所の姿を見れるように致しました。
これに続いて、平成27年8月からは企業さんのご理解とご協力の下、地域の旅行業協会と協働で、実際に構内に入ることのできる「官営八幡製鐵所関連施設見学バスツアー」を開始しています。当面は今年12月までの土曜日に実施しています。予約制の有料ツアー(大人2300円、4歳から小学6年生までは1500円)で、ヘルメットの着用などが必要にはなりますが、約80分かけてガイドさんが付いて解説しながら、旧本事務所、旧鍛冶工場、修繕工場の3施設を巡る内容になっています。旧本事務所ではバスから降りて内部に入ることもできます。日頃は部外者が足を踏み入れることが難しい製鉄所の施設を間近に見られる貴重な機会です。これから夏休みに入りますので、ご家族連れや子どもたちのグループなど、多くの皆様にお越しいただければと希望しています。
--北九州には、19世紀から20世紀初頭にかけて稼働した貴重な産業遺産、近代化遺産が数多く現存しています。これらの保全・活用策についてはどのように取り組まれていくお考えでしょうか?
例えば、市では、「東田(ひがしだ)第一高炉史跡」を公園として整備し、空高くそびえ立つ高炉跡をライトアップもしています。これは明治34(1901)年に火入れを行い、昭和47(1972)年まで稼働していたもので、10代目の高炉の跡になります。現在の高炉は残念ながら基礎部分を取り壊してしまったために今回の世界遺産の構成資産には入らなかったのですが、地元住民の皆さんの熱い熱い想いによって「1901」のプレートを掲げ、史跡公園として整備して大切に保存しています。その隣接地には「北九州イノベーションギャラリー」という産業技術の保存・継承を目的にし、技術革新をテーマにした展示を行う施設も併設しています。ここにも世界遺産に関連する展示コーナーを新設して、いつでも誰でも気軽に学べるような工夫をしています。今後も市内にある貴重な産業・近代化遺産群を観光や教育に活用する取り組みを進めて行きたいと思っています。
政府や他の自治体の皆さんとも力を合わせて、もっともっと足を運んでいただく仕組みを整えていきたい。最近はスマホをかざせばビジュアルの情報を簡単に取り出せるアプリが開発されるなど、“学ぶ観光”を支援するツールも充実してきていますし、いろいろなアイデアがあるのではないかと考えています。
同時に、政府においては、観光振興策の中で「明治日本の産業革命遺産」についてもより楽しく、親しみやすく理解していただく取り組みに力を入れています。また、23の構成資産を抱える、本市を含む8県11市と関連する民間企業・団体では6月20日、すべての構成資産を巡ってもらう周遊ルートの整備など、新たな観光振興策の実現に向けて「世界遺産ルート推進協議会」を発足させました。
--「周遊ルート」という発想は大変面白いですね。
これにはいろいろな展開が考えられます。例えば、北九州の製鉄施設と筑豊の炭鉱関連施設を結ぶコースなどは大変興味深いと思われます。石炭と鉄は切っても切れない関係にありますし、筑豊には世界記憶遺産に登録された山本作兵衛さんの記録文・記録画もある。あるいは、近代製鉄の歴史を学ぶということでは岩手県釜石市との連携による周遊ルート整備も有力なアイデアだと思います。
また本市内で言えば、東田第一高炉跡だけでなく、国の重要文化財である「南河内僑」がある河内貯水池などの関連施設もありますし、同じ時代の産業発展を担った門司港や若松港周辺には赤レンガ造りの古い建物がたくさん現存しています。ライトアップによる夜景観光への期待も高まっていますし、本市には様々な近代化・産業遺産があります。これらをもっともっと積極的に活用していきたい、と夢を膨らませています。
--とはいえ、産業遺産という概念にはわかりにくい面がありますよね。万里の長城や清水の舞台なら、誰でも一目で「スゴイ!」と驚嘆するけれども、産業遺産は背景にあるストーリーをじっくりと聞かないと、その価値がなかなか伝わらない……。
そうした側面があることは確かです。例えば近代製鉄業というものを考えた時、今の若い世代にとっては「鉄を作るなんて、どこの国でもやっているごくフツーのこと」と思われるかもしれません。けれども、ヨーロッパで誕生した近代製鉄技術を何も土台がないこの国に導入し、長い時間をかけて世界最先端の技術力を持つまでに発展させた先人たちの苦労はいかばかりであったか。アジアで唯一、日本だけがそれに成功した。そのことは特筆に値すると思います。しかも日本は戦後、その技術を惜しげもなく提供し、中国、韓国をはじめアジア諸国に技術移転することに協力した。だから、今ではどこの国でも鉄を作れるようになっている。こうした歴史的事実を、私たちは誇りを持って次の世代にしっかりと伝えていく必要があるでしょう。大事なのは伝え方です。そのことをこれからも考え続けていかなければならないと思っています。
--最後に、一般財団法人産業遺産国民会議の今後の活動に対する期待や要望をお願いします。
今回の世界遺産登録の実現に当たっては、国も、私たち地方自治体も一生懸命に取り組んできたわけですが、その根底には加藤さんをはじめとする民間の方々の熱い想いがあった。加藤さんたちが夢のあるテーマを提供してくれた。「自分たちの歴史に誇りを持とうよ!」という熱いメッセージが日本中の人々を突き動かし、官も民もないオールジャパンの推進体制ができ、様々な困難に立ち向かうことができた。そう言っても過言ではないでしょう。世界遺産登録を実現させるまでの、このプロセスが本当にスゴかった。日本中が一丸となった、こんな取り組みはかつてなかったんじゃないでしょうか。その意味で、心からの敬意を表したいと思います。
ただし、「これで終わり」ではもちろんありませんよね(笑)。これからも国の内外に向けて、きめ細やかにメッセージを発信していく必要があります。大変なのはむしろこれから。私たちも頑張りますので、さらに頑張っていただきたいと思っています。
--本日はお忙しい中を有難うございました。
(インタビュー&執筆:高嶋健夫)
軍艦島コンシェルジュ取締役統括マネージャー
軍艦島デジタルミュージアムプロデユーサー
世界遺産コンサルタント
明治日本の産業革命遺産世界遺産ルート推進協議会会長
一般財団法人産業遺産国民会議理事
(九州旅客鉄道株式会社 相談役)
一般財団法人産業遺産国民会議 代表理事
(公益財団法人資本市場振興財団 顧問)
ヘリテージ・モントリオール政策部長
ヘリテージ保全並びに世界遺産の専門家としてグローバルに活躍する国際コンサルタント
The Glasgow School of Art’s School of Simulation and Visualization、データ・アクイジション責任者