シリアル登録方式の保全管理に新たな道を拓いた「明治日本の産業革命遺産」-- 今後の大きな課題は「記憶と理解を引き継ぐ人材研修」
ヘリテージ保全並びに世界遺産の専門家としてグローバルに活躍する国際コンサルタント
ダンカン・マーシャル(Duncan Marshall)氏
■それぞれの構成資産が独自に保全管理する「戦略的枠組み」とは
--日本における「戦略的枠組み」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
加藤:その点については日本の制度なので私からご説明いたします。日本の世界遺産の保全管理はこれまで、文化庁が監督し指導する文化財の延長線上にありました。史跡もしくは重要文化財でなければ登録は不可能でした。文化財としての価値づけがされ所有者の合意の元、文化財保護法で保全されたもの資産が世界遺産登録されますと、文化庁と資産が立地する当該地域の自治体でまず世界遺産全体の包括管理計画を作り、それに基づいて、どうやって当該資産を保全するのか、史跡や重要文化財の保全の延長線上に整備計画(ワークプラン)を策定するという保全の方法でした。これに対して、我々が取り組んだ「明治日本の産業革命遺産」では、内閣官房の「戦略的枠組み」という、マネージメントシステムを採用しています。ここでは世界遺産エリアには世界遺産価値に貢献をしていれば、文化財に指定されていない範囲も入り、逆に文化財であっても、世界遺産価値に貢献していないエリアは外されています。価値に貢献する部分を包含するように世界遺産のエリアの範囲の線引きをしています。したがって、各資産管理者が世界遺産価値に貢献するアトリビュートを正しく認識し、各所有者や資産管理者がそれらをどのように管理するかについて、CMPを作成し、CMPに管理保全のルールを記載します。CMPは所有者や管理者が各遺産の実情に合わせて作成をしており、CMPに明記したルールに即して、遺産の価値が適正に保全されているかどうか、また改変が必要な場合にはそれが世界遺産の価値を損なわないかなど、保全の方針が記されています。その方針はICOMOS-TICCIH共同原則を保全の哲学にして策定されています。またさらに内閣官房、今は内閣府の産業遺産室の監督の元、それぞれの構成資産の立地する地域に地区別協議会を設け、そこに政府、自治体、民間企業などの遺産の所有者や利害関係者が参加して、資産の所有者、または管理者は、CMP上に規定していない改変他がある場合には、地区別協議会に諮る仕組みになっています。ここが大きな仕組みの違いです。
例えば、ヘリテージの中にベンチ1つを置く場合でも、例えばクレーンの維持管理に必要な部品の交換についても従来の文化財では、現状変更について文化庁の許可を取らなければなりませんでした。けれども、この戦略的枠組みによれば、CMPで日々の維持管理や保守についてのルールが明記されており、その範囲内で認められるものであれば、所有者・管理者の判断でベンチを設置することや、部品の交換ができるようになっています。
現役の産業設備の場合、日々業務に使っておりますから、急に故障してしまったとき、ネジ1本を取り替えるのにも国の許可が必要なのでは、所有する企業は困ってしまいますから、この新しいスキームは企業にとってとても現実的な管理システムと言えます。こうした管理システムができるようになったことで、シリアル・ノミネーション方式による「明治日本の産業革命遺産」が実現できたと言っても過言ではありません。
--この枠組みは、いわば「オーストラリアン・システム」とも呼べる新しい考え方、管理モデルといえるものなのでしょうか?
マーシャル:重要なのは、シリアル全体としての整合性を持って個々の管理が行われなければならないことです。「明治日本の産業革命遺産」は23もの構成資産がありますが、「世界遺産」としては1つのつながりがある遺産です。ですから、各構成資産がバラバラに管理されるのではなく、あくまでも全体がつながりを持って管理されなければなりません。その意味で、私たちのオーストラリアでの経験、教訓がお役に立ったと言えるかもしれません。
加藤:以前、導入前に心配になって、ユネスコの世界遺産センターのラオ事務局長を訪れ、「このようなシステムの導入は世界遺産の保全上問題はないのか?」とご質問を申し上げましたところ、こうした管理システムはシリアルの登録において日本以外の国々で広く導入されており、一般的である。日本だけがこのようなマネージメントシステムを採用していないとおっしゃっていました。
マーシャル:確かに、「世界遺産」ではシリアル方式による登録が増える潮流にあります。以前は、ニューヨークの自由の女神であったりというように、単体での登録でしたが、近年は複数の、それも広域に点在する遺産群の登録が目立っています。そうしたケースでは、つながりを持たせた管理が必要になるわけです。
--ご説明をうかがうと、確かに非常に現実的、合理的な保全管理システムだと思います。
マーシャル:そうであってほしいですね(笑)。重要なのは「柔軟で効果的な保全管理」です。いくら複雑で詳細な保全管理計画をつくっても、現実に機能しないのでは意味がありません。「世界遺産」のマネジメントではこの点が特に重要なのです。
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