世界遺産を守っていくために必要なのは本質的なことを見落とさない視点
一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館理事長
前、長崎市世界遺産推進室室長
加藤 未来へ希望をつなぐことが明治日本の産業遺産の大きな役割だというふうに私も考えています。そのためには保全問題について熟考する必要がある。特に端島炭坑をどう守っていくかが目下の課題です。端島は日本がどうやって工業立国の土台を作っていったかという原点です。日本にあれだけのスケールを誇る遺産は他にはありません。世界的にも注目が集まっている数少ない遺産の一つであり、日本のシンボリックな存在だと思います。
いずれにしても世界遺産登録された時よりも、さらに価値を深めることに力を注いでいきたいのですが……。
田中 30号棟の劣化が激しく、「軍艦島」と呼ばれるインパクト強いシルエットを存続できるのかという問題もあります。近い将来、端島のシルエットは消えるだろうという専門家のご意見もあるようです。
加藤 シルエットに関しては、既存のシルエットが保てなければ世界遺産の資産から外れるという条件を外すことを提案しています。端島が消えるということは明治日本の産業遺産そのものが消えることを意味しますので、大変な問題なのです。現状の保全計画にこだわらず、柔軟性を持って対処していかなければ自分で自分の首を絞めることになりかねないととらえて、是非とも長崎市でご検討いただきたいと思っています。
田中 そうですね。長崎市では、もともと明治期の護岸と生産施設、それに端島の象徴的なシルエットが3つの重要な要素であると考えていましたが、シルエットというのはあくまでも大正期以降の建物で構成されたものです。
加藤 もっといえば、文化財的な価値づけとして、あとから文化庁と市とで追加された要素ですが、現状ではシルエットを守るために、さまざまな箇所の補強が必要だという発想である点が気になります。
田中 シルエットを守るという考えを手放したほうが楽になることは明白ですが、今後、議論が進むことでしょう。
加藤 長崎は観光都市ですので、軍艦島のシルエットが観光客に人気だとなればシルエットにこだわるというのは当然なのかもしれません。でも、ともすれば観光客に人気のスポットだから価値があるとなってしまいがちで、それは本末転倒だろうというのが私どもの見解です。
田中 私が「明治日本の産業遺産」「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を通して学んだのは、「真に価値あるものとは何か?」という本質的なことを見つめる視点でした。
本質的なことを見落としてしまえば迷走し、普遍的な価値を放つことができなくなってしまいます。
加藤 世界遺産はレジャーランドでもなければ、誉れだけをくみ取る場所でもない。先人の苦労を辿り、ダークサイドな歴史的事実を浮き彫りにして教訓を得ることにも大きな意味があるのです。人類が進化していくうえで、忘れてはいけない大切なことが含まれているかどうかがユネスコの争点であり、だからこそ遺す価値があると認められます。
田中 この構成資産にどんな意味があるのか? という視点で世界遺産をみつめることが重要であると、広く伝えていくことが世界遺産に関わった人間の使命なのではないでしょうか。
加藤 私どもは長崎の方々が大変な思いをなさりながら登録にこぎつけた8つの構成資産を守り続けるために、知恵を絞り、さまざまな方のご意見をいただきながら強く歩んでいく所存です。
これからもお力添えをよろしくお願いいたします。
田中 長崎市世界遺産室室長ではなくなりましたが、室長時代の経験を活かし、後進の育成など自分のできることをしていきたいと考えています。
加藤 心強い限りです。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

(文・構成 / 丸山 あかね)
Vol.58
世界遺産を守っていくために必要なのは本質的なことを見落とさない視点
一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館理事長
前、長崎市世界遺産推進室室長
Vol.57
日本の未来のために今を生きる~明治日本の産業革命遺産の使命は「先人のスピリットを活かしていけば日本は救われる」という気づきと勇気を与えること
Vol.56
明治日本の産業遺産は日本の誇り~先人たちの歩みを知ることは日本の教育を見つめ直すことに通じる
フジサンケイグループ 代表
株式会社フジ・メディア・ホールディングス取締役相談役
株式会社フジテレビジョン 取締役相談役
Vol.55
世界遺産登録までの道のりは、山あり谷ありだった~人の縁という運に恵まれ、救われ、道を拓いて~
日本港湾空港建設協会連合会 顧問(元、一般財団法人 港湾空港総合技術センター理事長)
Vol.54
『侍が、カンパニーへ』という歴史的流れは日本の誇り~明治日本の産業遺産の中心的存在である長崎がリードして次世代へつなぐ
Vol.53
日本で初めて反射炉を作った佐賀藩、洋式海軍の拠点だった「三重津海軍所」~世界遺産登録に注いだ情熱を次世代に繋ぎたい。
前、佐野常民記念館(現、佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館)館長
Vol.52
八幡製鉄所は、今も世界最先端のものづくりを作り続ける現役製鉄所
一般財団法人産業遺産国民会議 理事
特定非営利活動法人 里山を考える会 理事
Vol.51
吉田松陰や幕末の志士たちの熱き想い、急速な産業化を通して日本を支えた優れた功績 ~ 松陰神社には明治維新に至る歴史をきちんと伝えていく使命がある
Vol.50
稼働資産「三池港」を世界遺産にする秘策とは。
Vol. 49
明治日本の産業遺産に関する保全マニュアルの重要性とは?
Vol.48
金属学の視点から紐解いて明らかになった産業史の真実~日本人の聡明さ、勤勉さ、不屈の精神を次世代へ伝えることが明治日本の産業革命遺産の使命~
Vol.47
明治日本の産業革命遺産は偉大な教材、覗けば見えてくる様々な世界
元新日本製鐵株式会社社員、世界遺産登録推進室産業プロジェクトチームメンバー
Vol.46
鹿児島から始まった鉄の歴史が日本の近代化を飛躍的に前進させた~薩摩人のバイタリティを、未来に生きる若い世代に引き継いでいきたい~
Vol.45
吉田松陰が工業教育論を説き、命がけで英国へ渡った長州ファイブを輩出~誇らしき萩スピリットを後進へとつなげるために~
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Vol.43
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Vol.42
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Vol.40
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株式会社蔵屋鳴沢 代表取締役社長
一般社団法人伊豆の国市観光協会会長
Vol.39
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Vol.34
不屈の開拓精神と先人のパワーで時代を切り拓いた歴史~後世へ受け継がれる希望と大きな力~
Vol.33
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Vol.30
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Vol.29
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Vol.28
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Vol.27
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特定非営利活動法人 九州・アジア経営塾 理事長兼塾長
株式会社SUMIDA 代表取締役
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Vol.25
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一般財団法人産業遺産国民会議理事
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Vol.23
「遺産観光」の振興に向けたルート整備にいっそうの力を~忘れ難い故郷・呉への空襲と広島原爆の記憶~
一般財団法人産業遺産国民会議 代表理事
(公益財団法人資本市場振興財団 顧問)
Vol.22
世界とつながる町~"長崎のたから"を"世界のたから"へ~
Vol.21
「ICOMOS-TICCIH共同原則」の真価問われる"世界の実験場"~日本政府が推進する新たな保全へのチャレンジ~
Vol.20
忘れ難いS・スミス氏との激論の日々 ~異文化の中で出会った"なじみ深い19世紀の産業遺産"~
Vol.19
歴史や文化を継承することは、次世代の技術革新を生み出す~"使いながら残す"に道を開いた「明治日本の産業革命遺産」~
Vol.18
シリアル登録方式の保全管理に新たな道を拓いた「明治日本の産業革命遺産」-- 今後の大きな課題は「記憶と理解を引き継ぐ人材研修」
ヘリテージ保全並びに世界遺産の専門家としてグローバルに活躍する国際コンサルタント
ダンカン・マーシャル(Duncan Marshall)氏
Vol.17
ジャイアント・カンチレバークレーンと小菅修船場跡の3Dデジタル・ドキュメンテーション
The Glasgow School of Art’s School of Simulation and Visualization、データ・アクイジション責任者
Vol.15
「スコティッシュ・テン プロジェクト」によるデジタル文書化
ヒストリック・スコットランド
スコティッシュ・テン プロジェクト・マネージャー
Vol.14
富士山と韮山反射炉、2つの世界遺産を一望できる茶畑の丘 --次の夢は「子どものためのミニ反射炉」で体験学習
Vol.13
登録までの道のりと資産の今後を見つめて
ロイヤル・カレッジ・オブ・アート副学長・評議会議長
イングランド・ウェールズにおけるカナル&リバートラスト遺産顧問
Vol.12
正確な情報発信の中で、歴史を見つめるきっかけに
Vol.11
「ものづくりの街・北九州」への愛着と誇り--"シビック・プライド"を呼び起こしてくれた世界文化遺産登録
Vol.10
世界遺産登録決定祝賀会レポート(@ドイツ・ボン)
2015年6月28日から7月8日まで、ドイツ・ボンにて第 39 回世界遺産委員会が開催され、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決定しました。
今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。
Vol.9
使いながら保存する-「稼働遺産」の保存・活用に新たな道を拓く
阪神高速道路株式会社 取締役兼常務執行役員
(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)
Vol.8
港湾法の体系で、世界遺産の保全を担保する
Vol.7
近代化を切り拓いた長州ファイブと試行錯誤の痕跡を残す萩の資産
Vol.6
日本の「ものづくり」「産業」の原点を伝える「明治日本の産業革命遺産」
Vol.5
日本の近代工業化を石炭産業によって支えた三池エリア
Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義
文部科学省 生涯学習政策局 生涯学習総括官
前 内閣官房 内閣参事官
Vol.3
「鉄は釜石から八幡へ」 近代製鉄発祥の地から誇り高き文化を伝える
Vol.2
強く豊かな国家を目指して 薩摩藩主島津斉彬が築いた『集成館』
一般財団法人産業遺産国民会議 理事
島津興業 相談役
Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ
「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事