金属学の視点から紐解いて明らかになった産業史の真実~日本人の聡明さ、勤勉さ、不屈の精神を次世代へ伝えることが明治日本の産業革命遺産の使命~
明治日本の産業革命は資源に恵まれなくても躍進できることを示した
加藤 先生は鉄の専門家として人生を歩んで来られましたが、若い頃から産業史に関心があったのですか?
稲角 昔は歴史なんて何の役に立つのかという感じでした。ところが就職したのが鉄会社だったので、鉄が今後どうなるのかについて無関心ではいられなくなった。会社がどうなるかの時代が来たら困るわけで、過去からも学ぶ必要性がでてきたということが一つ。それから、海外へ行って、日本の鉄技術は凄いと実感するうちに、自ずと産業史に関心が湧いてきたということがあります。そう思っている時に、もうお亡くなりましたが、鉄の師匠ともいえる館先生に鉄の歴史研究会に引っ張りこまれたことも重なり、退職する頃には産業史オタクになっていたんです。
加藤 そうでしたか。
稲角 日本は資源のない国で、特に鉄資源が乏しいんですね。そんな中で、どうしてこんなに頑張れるんだろうという疑問を抱いていたのです。私は戦前生まれなのですが、日本は戦争に負けて、進駐軍から「もう鉄を作る必要はない」と言われたところから立ち上がってきたことを見聞きしてきました。焼け野原から、あっという間に産業大国へと駆け上るなんて奇跡みたいな話で。海外の人も何がどうなって日本は躍進を遂げたのか知りたいわけですよね。その謎を明かしたことこそが明治日本の産業革命が世界遺産に登録された一番の意味だと思うのです。
加藤 日本が国力を示したといえるでしょう。現在、日本の産業力は、中国、インドに続いて3位なのですが、これを維持していけるのかどうかが大きなテーマ。世界遺産登録によって日本人の士気を高めることが明治日本の産業革命遺産が果たすべき役割だと私は認識しています。
稲角 明治の人が、当初、外国技師の指導による官営洋式高炉の単純移入に失敗しましたが、払い下げられた民営田中製鉄所が四十八回の失敗を繰り返しながらも挫けずに四十九回目で高炉操業に成功したのは、西洋の鉱石と異なる日本の磁鉄鉱鉱石の利用方法を独自に工夫したことによると加藤さんは世界に紹介されました。西洋に頼りきらない自助自主努力があって現地適合の技術になり導入に成功したところが凄いんですね。このことから日本人の聡明さ、勤勉さ、そして不屈の精神というものが浮き彫りになる。そして、この製鉄魂が戦後日本の奇跡的な発展技術を産むことにつながったと思っています。日本人はどんな試練にも打ち勝つ底力を秘めているというところを次世代へと伝えていくことも明治日本の産業革命遺産の使命だと私も思うのです。保全問題など大変なことが山積していると思いますが、その辺りのことはどんなふうに考えておられるのですか?
加藤 文化財は文部科学省の管轄ですが、現状では「科学」が抜けています。産業は技術的にどう進化したかを把握するとともに、その時代の技術レベルに合わせてどんな保全活動ができるのかと考察していくことも大切なことです。ますます科学の力が必要となることでしょう。引き続きお知恵をいただきたいと考えておりますので、これからもよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
(構成・文/ 丸山 あかね)
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