産業遺産の歩みを"100年後を生きる人々"への希望に
――平野先生がどのようにバックアップなさったのか教えてください。
加藤さんとお目にかかってすぐに、当時、内閣官房地域活性化統合事務局局長だった和泉洋人さん(現・内閣総理大臣補佐官)に話をしました。彼も深く理解を示してくれまして、文化庁に話をして日本の世界遺産の中に産業遺産という柱を立ててもらうしかないだろうということで意見が一致したのです。ところがそうこうしているうちに東日本大震災が起き、復興対策担当・内閣府特命担当大臣に任命された私は、その対応に全力を尽くす義務がありました。そんなわけで産業遺産の世界遺産登録に関して私自身は何もしていないに等しいと思っています。加藤さんと和泉さんがタッグを組んで事を進めていったのです。
とはいえ一筋縄にはいきませんでした。行政刷新会議が開催され、「産業遺産世界登録に向けて文化財保護法中心主義の見直し」の検討が行われたものの、文化庁は法律で保護される程度では登録の認定は困難だという見解を示し、登録の見込みのない枠組みを構築することには意味がないという回答で、二進も三進もいかず。結局のところ、事業仕分けにおいて、蓮舫行政刷新大臣が八幡製鉄所を訪れたことから産業遺産世界登録に向けての道が拓けていったのですが、民主党政権の時代には決着がつかなかったのです。
しかし加藤さんたちは自民党政権だった2005年あたりから本格的にプロジェクトを起動させ、地道な活動をしていたわけで、民主党政権を経て、第二次安倍内閣へと移り変わっても問題はないと、そこは安心して見守ることができました。私にしても応援したいという気持ちに変わりはなかった。これは被災地の復興を通して強く感じていることですが、物事を成し遂げる時に大切なのは政治家であるとか、どの党に属しているかといったことではなく、一人の人間としての真心。何が本来の目的であるのかという本質的なことを見極め、それを貫こうという一人ひとりの信念が要なのです。「明治日本の産業革命遺産」世界遺産登録プロジェクトの推進には、さまざまな立場の方が携わっておられますが、どの方も加藤さんと同様に「日本のためになることをしたい」という一心で動いておられたことでしょう。そのことによって結ばれた強い連帯感が実を結び、世界遺産登録の日を迎えることができたのだと思います。
――平野先生は岩手県北上市のご出身です。産業遺産の構成資産には釜石市の「橋野鉄鉱山」が含まれていますが、郷土愛も「明治日本の産業革命遺産」に強い関心を抱かれた理由の一つなのではありませんか?
そのとおりです。釜石は「鉄のまち」として広く知られています。幼い頃からそのことは知っていましたが、私が釜石の鉄の歴史に関心を持ったのは、農林省に入省し、岩手県の管轄を受け持つことになってからのことでした。興味深くて、すっかり「鉄おたく」になってしまいまして(笑)。実は最初に加藤さんとお目にかかった時に、一番話が弾んだのも製鉄の話でした。加藤さんは鉄に対する造詣も深く、よく勉強されているなと驚きました。「橋野鉄鉱山・高炉跡」は1957年に国指定史跡になりましたが、当初、産業遺産の構成資産の中に入っていなかった。ユネスコに提出する推薦書の準備段階で、橋野を入れないと明治日本の産業革命のストーリーが成り立たないということで2013年に加えられたという経緯があったのです。この話に触れた時、加藤さんが「釜石は日本における近代製鉄業発祥の地ですから」とおっしゃるのを聞いて、郷土を誇らしく思うとともに、世界登録遺産を実現させ、岩手の方々と誇らしさを共有したいと強く思いました。
昨年のNHK大河ドラマ『西郷どん』の最初の頃に、島津斉彬が大砲づくりに悪戦苦闘しているシーンがありましたが、幕末の日本では鉄製大砲の製造が急がれていたのです。しかし日本の砂鉄を用いた製鉄はモノづくりには向かず、柔軟性のある磁鉄鉱の磁石から洋式高炉で鉄を作る必要がありました。そこで着目されたのが磁鉄鉱石が発見された岩手県大橋地区の鉄鉱山。「鉄工業の父」と呼ばれる大島高任が盛岡藩から命を受け、洋式高炉で国内初の鉄鉱石精錬による出銑操業に成功したのは安政4年(1857年)に遡りますが、いずれにしても、それまで毎回高炉を壊して鉄を取り出していた「たたら製鉄法」から、高炉を壊すことなく連続的に出銑できる高炉法へと転換したことによって良質の鉄を多量生産することが可能となり、日本は近代化の一歩を踏み出すことができた。橋野鉄鉱山で開発された技術が、鉄道づくりや造船といった八幡製鉄所の活動へとつながっていくのです。鉄の話をすると長くなってしまいますので、この辺にしておきましょうか(笑)。
――最後に一般財団法人産業遺産国民会議や地元自治体の皆様の今後の活動に対する期待や課題についてお願いいたします。
昨年の3月に発行された「世界遺産登録記念誌」(「明治日本の産業革命遺産~製鉄・製鋼・造船・石炭産業」)を拝読しました。400ページもある威風堂々とした記念誌には、8県11市に分布する23の構成資産の詳しい紹介とともに、2015年に世界遺産登録が決定するまでの歩みが綿密に記されています。さまざまな分野の専門家とともに調査を重ねて構成資産の選定作業を行い、シリアルノミネーションという日本における新しい試みに挑み、地方自治体の理解を得て、国との調整を図り……。しかも世界遺産登録の実現がゴールというではなく、新たなスタートの始まりだという覚悟に満ちている。歴史を振り返ることは、今をどう生きるのかを考えることなのだと改めて痛感した次第です。
昨年の「今年の漢字」は「災」であったほど、日本各地で自然災害が起こり、多くの方々が被災生活を余儀なくされています。大切な人を亡くした方の悲しみは計り知れず、家や財産を失った方の不安は大きく、福島のように人口が減少した地域では復興に時間がかかるなど、我が国は大きな困難に直面しているといえるでしょう。そんな中、50年という短い時間で産業革命を成し遂げた日本人には不屈の精神が刻まれているのだという事実ほど大きな希望はありません。
「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録は、日本の歴史上、エポックメイキングな出来事だと確信しています。100年後を生きる人々に「日本は数多くの苦難を乗り越え、産業国家として成長を続けた」と、今度は現代を生きる私達が希望を与えることができるよう産業遺産の世界遺産登録という日本人に活力をもたらす絶好の機会を最大限に生かしていただきたい。これは期待ではなく、切なる願いです。大きな意義のある活動に邁進する一般財団法人産業遺産国民会議の関係者各位に敬意を表するとともに、引き続き、国民会議や地元自治体の関係者の方々と連携を取りながら支援してまいりたいと考えています。
(インタビュー&執筆:丸山あかね)
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今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。
Vol.9
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(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)
Vol.8
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Vol.7
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Vol.6
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Vol.5
日本の近代工業化を石炭産業によって支えた三池エリア
Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義
文部科学省 生涯学習政策局 生涯学習総括官
前 内閣官房 内閣参事官
Vol.3
「鉄は釜石から八幡へ」 近代製鉄発祥の地から誇り高き文化を伝える
Vol.2
強く豊かな国家を目指して 薩摩藩主島津斉彬が築いた『集成館』
一般財団法人産業遺産国民会議 理事
島津興業 相談役
Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ
「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事