「日本人として、世界に対して誇りを持って発信できる世界遺産」〜内閣官房・有識者会議の流れを決したジャーナリストの視点〜
--下村さんの、初めて出会った時の加藤さんの印象はどんなものでしたか。
下村: ごめんなさい、実は全く覚えていないんです(笑)。でも、日本に帰ってからご連絡いただいて、再会したんです。加藤さんが『産業遺産』(日本経済新聞社)という本を上梓された直後だったと思うんですが、それを携えて私に会いに来てくださって、産業遺産への想いを熱っぽく語られて。すごいなと、とても感心し、強く印象に残りました。その後どうされているかなぁと思いながらも、お互いに忙しくて会う機会もなかったんですが、突然、内閣官房の人から「有識者会議のメンバーになってほしい」とご連絡をいただいたわけです(笑)。
--再会された時にはまだ、それが後々、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録につながることになるとまでは思われなかった……。
下村: そのことが加藤さんの素晴らしいところですよね。単なる研究に終わらせなかった。それまでの著述・研究活動を世界遺産という目に見える形に結実させたわけですから。
■ボン会議の最中に掛かってきた下村さんの“頑張れコール”
--加藤さんによると、2015年にドイツ・ボンで開催されたユネスコ会議の最中にも、下村さんは力強く後押ししてくださったそうですね。
加藤: 韓国が今回の登録要件には直接関係のない徴用工の問題を持ち出し、登録を阻止しようとロビー活動や大々的なネガティブキャンペーンを展開していたんです。
下村: その最中に、日本からボンの加藤さんに電話を入れたんですよ。韓国が猛反対して、大変な反日キャンペーンをやっているということは伺っていましたので、どうしているか、気になって。会議の日程も、加藤さんの予定も全く知らないまま電話したんですが、虫が知らせたのか、ちょうど会議の合間か何かで、加藤さんはすぐに出られた。それで、いろいろ話を聞いたり、頑張ってと言って励ましたりしました。あの時、私にできたのはそれくらいしかありませんでしたから。
あなた、電話口で泣いていたわよね。覚えてる?
加藤: あのときは本当に苦しかった。悔しかったんですよ。私は委員会に入る半年前からユネスコの委員を出している17カ国を行脚し、世界遺産価値を説明し、いかに不当な反対かについても反論してきました。十六年の集大成ですから。既にICOMOSから登録にふさわしいという勧告も出ている。ふつう、登録勧告が出て却下されることはないので私は投票で闘ってほしいという気持ちでいっぱいでした。そもそも世界遺産の議論の場に政治的プロパガンダを持ち込むこと自体が、ユネスコの精神に違反している。それなのに日本政府は闘いきらない。こちらに理があるのに、真正面から戦わなかった……。残念でした。
下村: 韓国で数々の悲劇があったことは歴史的事実。私たちもそのことをきちんと理解しなければいけないことは、言うまでもありません。けれども、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産価値を検討し、登録するかどうかを純粋に学術的視点で協議する場に、反日感情を持ち込むのは、筋が違いますよね。
加藤: 世界遺産になることが決まって日本が他の国の人たちに祝福されること自体が嫌だ、許せない。その一点張り。まっとうな議論もできない状況でした。ですから、今、私は軍艦島に実際に居住し、炭坑で働いていた当時の労働者の方々にインタビューし、本当の歴史、軍艦島での労働や生活がどうだったかを映像で記録に残す作業を続けています。既に約60人の方々にお話を聞きました。彼らの貴重な証言を、オーラルで、彼ら自身が語った肉声として残そうという目的です。
下村 それは大変重要なことですね。皆さん高齢になられて、残された時間は少ないから、加藤さんには引き続き頑張ってほしいと思います。
--最後に、「明治日本の産業革命遺産」の今後の保存や活用に関して、加藤専務理事ほか産業遺産国民会議の活動に対して、要望やご意見があれば、お聞かせください。
下村: ガイダンス用のアプリを作られたり、既にいろいろな活動を精力的に展開されていることは良く存じています。これからも国内外に向けて、もっともっと情報発信してほしい。海外に向けては、先ほどの繰り返しになりますが、アジアで起きた産業革命であり、それがその後の途上国の発展の道を開いたという歴史を伝えていってほしい。
国内的には、大人だけでなく、次代を担う子どもたち、若者たちに「明治日本の産業革命遺産」の価値を知ってもらえるように、楽しく学べるような仕組みを創意工夫していってほしいですね。日本人自身が、まだまだその価値を知らないですからね(笑)。もっとも、楽しくと言っても、別にテーマパーク的にする必要はありません。レジャー施設とは違うのですから、例えば修学旅行のコースに組み込んでもらったり、社会学習の場として、先人たちがやって来たことをきちんと伝えるような努力を続けていただけたら、と期待しています。
--お忙しいところを有難うございました。
(インタビュー:加藤康子(対談)・高嶋健夫、執筆:高嶋健夫)
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株式会社フジ・メディア・ホールディングス取締役相談役
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Vol.13
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ロイヤル・カレッジ・オブ・アート副学長・評議会議長
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Vol.11
「ものづくりの街・北九州」への愛着と誇り--"シビック・プライド"を呼び起こしてくれた世界文化遺産登録
Vol.10
世界遺産登録決定祝賀会レポート(@ドイツ・ボン)
2015年6月28日から7月8日まで、ドイツ・ボンにて第 39 回世界遺産委員会が開催され、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決定しました。
今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。
Vol.9
使いながら保存する-「稼働遺産」の保存・活用に新たな道を拓く
阪神高速道路株式会社 取締役兼常務執行役員
(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)
Vol.8
港湾法の体系で、世界遺産の保全を担保する
Vol.7
近代化を切り拓いた長州ファイブと試行錯誤の痕跡を残す萩の資産
Vol.6
日本の「ものづくり」「産業」の原点を伝える「明治日本の産業革命遺産」
Vol.5
日本の近代工業化を石炭産業によって支えた三池エリア
Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義
文部科学省 生涯学習政策局 生涯学習総括官
前 内閣官房 内閣参事官
Vol.3
「鉄は釜石から八幡へ」 近代製鉄発祥の地から誇り高き文化を伝える
Vol.2
強く豊かな国家を目指して 薩摩藩主島津斉彬が築いた『集成館』
一般財団法人産業遺産国民会議 理事
島津興業 相談役
Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ
「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事