忘れ難いS・スミス氏との激論の日々 ~異文化の中で出会った"なじみ深い19世紀の産業遺産"~
■「保全と修復のジレンマ」をどう克服するか
--2006年に初めて現地を視察してから約10年、ギャンブルさんは今回の来日では各サイトの現在の保全・管理状況をつぶさに視察されたと伺いました。初来日時と現在とを比べて、保全や管理の状況について率直な評価を教えてください。
ギャンブル: 私は今年2回に分けて、23すべての構成資産を回りましたが、全体の印象としては、短期間でここまで保全・管理・継承計画を達成していることに大変感銘し、関係者として誇りを感じることができました。とりわけ、地域コミュニティーによる展示紹介・案内ガイドの取り組みは素晴らしいものです。地域コミュニティーの取り組みが内閣官房、文化庁をはじめとする政府による保全・管理の戦略的枠組みにしっかりと位置づけられ、各地域で着実に実行されていることは特筆すべき成果と言えます。
各構成資産をとりまとめ、全体的にコーディネートしていく役割を担っている民間側の推進機関の「産業遺産国民会議」の活動も、着実に成果を上げています。なかでも、スマホアプリの『明治日本の産業革命遺産ガイドアプリパスポート』の無料提供など、デジタルメディアを活用した取り組みは素晴らしいです。このアプリは本遺産のコンセプトや内容を一般の人々にわかりやすく伝えることに貢献しています。地理的にも分散している23もの構成資産とそれぞれのつながりを大変わかりやすく、ビジュアルに表現していると思います。
こうしたそれぞれの取り組みを総合的に考えると、保全計画などにはなお多くの課題が残っているものの、日本は自信を持ってプロフェッショナルな良い仕事を確実に実行しているという感想を持ちました。
--今後の保全・管理に向けて、一番の課題はどんな点にあるのでしょうか?
ギャンブル: 23の構成資産はそれぞれに異なる課題を抱えているわけですが、保全という観点で言えば、やはり一番多くの課題があるのは軍艦島でしょう。軍艦島は護岸で守られ、採掘された石炭のボタで埋め立てて形成された島ですが、いつも荒波が打ち付け、台風にも襲われるという厳しい自然環境に置かれています。閉山後ずっと放置された間に、炭坑施設の鋼材も、建物のコンクリートも塩害でボロボロになっています。そのため、何よりもまず、「島を物理的に保全する」こと自体が大きな課題になっています。
軍艦島の世界遺産価値は、護岸と炭坑施設にあります。ここで重要なのは初期の構造物をできる限り当時の姿のまま、長期的、持続的に保全、管理、継承することです。例えば護岸について言えば、その基礎となっている明治期の石組み技術を保全・継承しつつ、必要に応じて最新のエンジニアリング技術を活用した総合的なソリューションを図るといった対策が重要になってくるでしょう。炭坑施設については、当時の煉瓦造りの建造物をサポートする補強工事が既に始まっていますが、ここでも同じ思想で工事を進めていっていただきたいと思います。
一方、炭坑労働者とその家族が居住した高層アパートなどのコンクリート製の建造物は、それ自体には世界遺産価値は認められていないわけですが、島のシルエットを構成する「軍艦島のシンボル」として重要な意味を持っています。海から船で島を訪れるビジターが「軍艦島に来た!」と実感するのは、やはり、遠くからこの島特有のシルエットを目の当たりにした時でしょう。単に技術的側面からだけでなく、「記憶を残す」という意味で高層ビル群をできるだけ当時の姿のまま保全していくことは必要だと思います。
いずれにしても、軍艦島は「保全しなければならないが、手を入れ過ぎてもいけない」という相反する困難な課題を解決していかなければなりません。
--資産の展示や歴史、ストーリーの伝承というインタープリテーション面の取り組みはいかがでしょうか?
ギャンブル: インタープリテーション戦略は現在策定中で、それぞれのサイトごとに地域コミュニティーが参加する形で、取り組みが進んでいます。世界遺産価値の展示については、まだ始まったばかりなので、今後を期待したいと思います。萩や鹿児島、韮山反射炉をはじめ、各地にビジターセンターや駐車場が整備され、多数のボランティアガイドによる親切な説明も行われています。さらに驚いたのは、どこに行っても、構成資産に向かう幹線道路沿いには、大きな道路標識、案内板が整備されていること。これは素晴らしいことです。
「明治日本の産業革命遺産」の保全・管理事業はまだ始まったばかり。全体としては、なお調査、計画づくりの段階です。具体的にやるべき課題は山積しています。けれども、日本と日本の皆さんは今、とてもエキサイティングで貴重な経験をしている。私はそのように申し上げたいと思っています。
(インタビュー&執筆:高嶋健夫、通訳:戸谷美苗、写真:NCIH撮影)
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2015年6月28日から7月8日まで、ドイツ・ボンにて第 39 回世界遺産委員会が開催され、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決定しました。
今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。
Vol.9
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(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)
Vol.8
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Vol.7
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Vol.6
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Vol.5
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Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義
文部科学省 生涯学習政策局 生涯学習総括官
前 内閣官房 内閣参事官
Vol.3
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Vol.2
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島津興業 相談役
Vol.1
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「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事