歴史や文化を継承することは、次世代の技術革新を生み出す~"使いながら残す"に道を開いた「明治日本の産業革命遺産」~
■幕末か、明治期か--登録実現に向けて“2つの選択肢”を提示
--こうした“前史”を経て動き出した「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界遺産登録に向けての取り組みですが、先生はどのような役割を果たされたのでしょうか?
最初にお話を伺ったのはいつだったでしょうか。加藤さんと鹿児島の尚古集成館の島津公保社長(当時)がご相談に訪ねてこられたんです。恐らく、この時点で加藤さんにはもう「日本でも産業遺産を世界遺産にできる」という勝算はあったのだろうと思いますね。加藤さんは海外の事例も熟知していたし、海外の専門家とも交流をお持ちでしたから。ただ、問題はこれをどのように実現にもっていくか。これも想像ですが、加藤さんの中では「どのような筋書きを立てても、尚古集成館は登録資産に入れることはできるだろう」と考えておられた。後は、ストーリー作りですよね。当時、文化庁も地方から声を上げれば、それをベースに世界遺産の暫定リストに載せようではないか、と言い始めたタイミングでした。それで、私のところに相談に来られたわけです。
その時に私が申し上げたのは「ストーリーとしては2つある」というサジェスチョンです。1つは、幕末・維新期の物だけに限定する方法。もう1つは、もう少し時間軸を長く取って、幕末つまり日本で産業革命が起きる少し前から、20世紀初頭の日本が産業のトップに躍り出るまで幅広に見る方法。どちらにもメリット・デメリットがあるのですが、私はどちらがいいとも言える立場にはないので、とにかくその2つがあるのではと申し上げました。
--メリット・デメリットとは、具体的にはどういうことだったのでしょうか?
メリットとしては、国内的には前者を選んだほうが圧倒的に理解も支援も得られるだろう。けれども、加藤さんならおわかりの通り、世界的には後者のほうが求められるだろう。というのは、幕末という視点はあくまでも日本のインナーヒストリーに留まってしまいますが、後者で捉えると世界史的な意味を持ってくるからです。
もう1点、地域から声を上げるという観点で言うと、前者では鹿児島、山口など、ほとんど“薩長連合”の地域内に限定されてしまいます。後者であれば、関連資産がある他の九州各県にも広げることができる。つまり、日本のそれまでの世界遺産登録活動にはなかった、広い地域を巻き込む活動が展開できるのではないか。研究者としての客観的な視点から、このように申し上げました。
ちょうど九州新幹線の開通が目前に見えてきた時期でしたし、「産業革命遺産」にすれば、その多くが“九州新幹線オン・ザ・ライン”で行けるという背景もありました(笑)。だから、そんな考え方もあるのではないか、とアドバイスさせていただいたわけです。
--本当にとっかかりのお話ですよね。結果的には、後藤先生がこの時におっしゃった方向になりました。
その後、当時の伊藤祐一郎・鹿児島県知事のところにも加藤さんと一緒に伺い、そのようなお話をさせていただきました。鹿児島県庁でもいろいろな方向性を検討されたわけですが、最も地元にメリットのある「幕末」にこだわることなく、現在の形に道を開かれた伊藤知事の見識と決断は賞賛に値すると思います。
--その後の大きな山場が、世界遺産の暫定リスト入りを目指した文化庁の審議会ということになります。
具体的な流れで言うと、各地域から候補として名乗りを上げたいくつかの候補をテーマごとに仕分けして、専門のワーキンググループ(WG)で中身を検証する作業がまずあります。私は当時、近代に関するWGのメンバーの1人だったのですが、既に近代のものでは富岡製糸場が暫定リストに掲載されていて、同じ時期に上がってきたものに佐渡金山、富山の砂防ダム、足尾銅山などがあり、それらの中からどれを暫定リストに入れる候補にするか、専門家で検討したわけです。
当初、「明治日本の産業革命遺産」はかなり異質の候補と言えました。他の候補は県または市町村レベルで上がってきた“単体”の候補だったのに対して、これだけは九州知事会からあがってきた。かなり広域な資産構成になっていましたから、当時の文化庁としては違和感を持ったのもやむを得ない面もあったと思います。
--その結果、いったんは物の見事に却下されてしまう(笑)。
確かに当初は文化庁関係者から冷ややかな受け止め方をされていたのは事実ですが、WGの委員の皆さんの多くは、近代史が専門の先生ですから、ご理解をしていただくようになるまでさほど時間はかからなかったと思います。実際、順位としては佐渡金山に次ぐ扱いになりましたから。
ただ、それから先は大変な面もありました。当時の文化庁の考え方では暫定リストに入れても本当に候補として推薦するには構成資産は国指定の文化財になっていることが条件でした。ところが、集成館などを除けば、ほとんどの資産がそうでないものばかり。ですから、暫定リストに載せることはできたものの、「これではとても世界遺産登録は無理」といった空気もありました。
当時あった意見の1つが、「もっと小分けにすべきだ」というものです。すでに富岡製糸場が暫定リストに載っていたこともあり、製鉄なら製鉄、炭坑なら炭坑で別々にリスト化すべきではないか、というわけです。これはこれで1つの見解ですが、これではアジアの中でいち早く近代化を果たした世界史的意味が薄れてしまいます。
--多くの反対論がある中で、先生はこの点を強調されて戦われたということですね。
いえいえ、必ずしも戦ったというほどではないですよ(笑)。グローバルな視点で、海外の人たちから見た日本の近代史の意味、意義をどう訴えるか。日本史、近代史の先生方は皆さん、こうした考え方をすぐにご理解し、賛同してくださいました。
もう1点、私が訴えたのは、日本だけに残っている現役稼働資産の希少性です。この時の委員会の場ではあまり評価はされませんでしたが。欧米で世界遺産となっている産業遺産は、かつては欧米の主力産業でしたが、その後、急速に力を付けた日本のライバル企業・産業にやられてしまって、今は産業が続いておらず、施設も稼働していません。反対に、日本では三菱重工長崎にしろ、新日鐵住金八幡にしろ、古い時代の生産設備が現在も“ライブ”でそのまま稼働している。こうしたものは世界的にも貴重で、興味深い資産と言えるのではないか。そのような見方もお話ししました。
--なるほど。後からやって来た日本に競争で敗れた結果、欧米の先進国には当時の産業遺産はあるが、稼働資産はあまり残っていない。だから、価値がある。欧米の専門家がこの「明治日本の産業革命遺産」を高く評価する理由の1つがそこにあるわけですね。
そういうことでしょうね。そうした歴史的価値を客観的、学究的に公平に評価される欧米の専門家の知見や見識は立派ですよね。
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~産業遺産情報センターの主任研究員として、文化遺産の魅力を発信~
産業遺産情報センター主任研究員
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