明治日本の産業革命遺産
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PEOPLE

2016.07.12
Vol.11
「ものづくりの街・北九州」への愛着と誇り--"シビック・プライド"を呼び起こしてくれた世界文化遺産登録

北九州市長

北橋 健治 氏
北橋 健治 氏

■「ホントにうまくいくのだろうか?」--最初は半信半疑だった

--ところで、初めて世界遺産登録の構想を聞いた時、どのような印象を持たれましたか?

 非常な驚きをもって、提唱者である加藤康子さんの第一声を聞かせていただいた--そんな記憶が残っています。私は平成19(2007)年2月に市長に就任したのですが、初めて加藤さんにお会いしたのはそれからまだほどない頃だったと思います。

 ただ、「大変有り難いお話ではあるけれども、本当にそんなことがうまくいくのだろうか?」と、当初は半信半疑でした(笑)。何しろ世界文化遺産ですからね。私も個人的に世界遺産は大好きで、休日にDVDを見たりしているのですが、それ以前は万里の長城であるとか、清水の舞台であるとか、そうした歴史的建造物が登録される制度だと考えていました(笑)。

 それが現実的な期待感に変わったのは忘れもしません、平成21(2009)年の1月にパリから「ユネスコの暫定リストに載った」という知らせが届いた時です。私は福岡県知事さんと一緒に喜びの記者会見を行ったのですが、「加藤さんはスゴイ。先見の明があったんだ」と心から敬服致しました。そして、「県と市が一致協力して、地域全体が力を合わせて何が何でも実現させなければならない」と決意を新たにしました。

--加藤専務理事は「構想が困難な局面に立ち至った時に、北橋市長はじめ北九州市当局の皆さんが事態を動かしてくれた。北九州市の突破力がなければ、世界遺産登録は実現しなかった」と語っています。

 暫定リストに載ってからが、実は大変だったんですね(笑)。乗り越えなければならなかった最大の課題は「今も動いている現役稼働資産をどうやって保全していくか」でした。何しろ候補になっているのは、神社仏閣のような歴史的建造物とは性格の異なる、現役の生産施設です。これを将来にわたってどのように保全していくか。所有者である企業さんにとっては今後の経営戦略にも影響する話です。もちろん、企業の関係者の皆さんも心から歓迎し、喜んでくださいました。それでも今後の保全策のあり方については一抹の不安、心配をお持ちになっていたのは事実でした。

--その当時はまだ文化財保護法に基づく保全スキームしかなかった。ただ、稼働資産の場合は、それではカバーしきれない色々な課題があった……。

 私たちは現実的な課題を解決し得る新たな保全スキームを調査・研究し、国など関係機関と折衝を重ねていったのですが、その過程では暗礁に乗り上げかかった場面もありました。その時ですね、加藤さんが再び登場して、こんな風に叱咤激励してくれた。

 「もし八幡製鐵所が構成資産から抜け落ちてしまったら、『明治日本の産業革命遺産』で伝えたかった偉大な先人たちのストーリー全体が崩れてしまう。他方、外国には創意工夫を重ねて現役稼働資産を保全している事例もあるんです。日本で出来ないはずはない。だから頑張ってください」と。この激励とアドバイスが、自らを奮い立たせる決定打になりましたね。

 そこで私は何をしたかというと、この問題に関する当時の国のキーパーソン、具体的には川端達夫・文部科学大臣、平野達男・内閣府副大臣に市長名の要望書をお送りしました。といって、これで事態がすぐに動いたわけではありません。むしろ逆で、国の反応も正直なところ厳しいものがあり、「これは容易なことではないな」と局面打開の困難さをひしひしと感じさせられました。

 それでもこの当時、規制改革という大きな政策潮流があり、その一環として、文化財保護法に基づく伝統的な保全スキームに加えて、稼働資産については景観法、港湾法など別の法体系で保全する道があるのではないか。そうした観点から要望書を書かせていただいたわけです。この間、加藤さんは企業の関係者の方々とも協議を重ね、官営八幡製鐵所が日本の産業近代化に果たした役割、歴史的な位置付けを理論的に定義し、国や地域社会に発信し続けられた。このことは、私たちにとって大変な励みになりました。 

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Vol.56
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サラ・ジェーン・ブラジル(Sarah Jane Brazil)氏
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Vol.11
「ものづくりの街・北九州」への愛着と誇り--"シビック・プライド"を呼び起こしてくれた世界文化遺産登録

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北橋 健治 氏
Vol.10
世界遺産登録決定祝賀会レポート(@ドイツ・ボン)

2015年6月28日から7月8日まで、ドイツ・ボンにて第 39 回世界遺産委員会が開催され、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録が決定しました。

今回は、世界遺産登録決定祝賀会の様子をお伝えいたします。

<世界遺産登録の舞台裏>
Vol.9
使いながら保存する-「稼働遺産」の保存・活用に新たな道を拓く

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(一般財団法人産業遺産国民会議 理事)

岡本 博 氏
Vol.8
港湾法の体系で、世界遺産の保全を担保する

静岡県副知事

難波 喬司 氏
Vol.7
近代化を切り拓いた長州ファイブと試行錯誤の痕跡を残す萩の資産

萩市長

野村 興兒 氏
Vol.6
日本の「ものづくり」「産業」の原点を伝える「明治日本の産業革命遺産」

東京地下鉄株式会社 代表取締役会長

安富 正文 氏
Vol.5
日本の近代工業化を石炭産業によって支えた三池エリア

大牟田市長

古賀 道雄 氏
Vol.4
国家、社会のため、広い視野と使命感を持って試行錯誤しつつ挑戦し続けた「明治の産業革命」の意義

文部科学省 生涯学習政策局 生涯学習総括官
前 内閣官房 内閣参事官

岩本 健吾 氏
Vol.3
「鉄は釜石から八幡へ」 近代製鉄発祥の地から誇り高き文化を伝える

釜石市長

野田 武則 氏
Vol.2
強く豊かな国家を目指して 薩摩藩主島津斉彬が築いた『集成館』

一般財団法人産業遺産国民会議 理事

島津興業 相談役

島津 公保 氏
Vol.1
産業国家日本の原点 『明治日本の産業革命遺産』を次世代へ

「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会 会長/鹿児島県知事

伊藤 祐一郎 氏